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純米大吟醸【明和義人】720ml 【 父の日 日本酒 ギフト プレゼント 内祝い 退職祝い 結婚祝い

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@幻の酒

2018/07/25からお届け日指定できます

商品説明


時は明和、江戸では第十代将軍、徳川家治の側用人・田沼意次(たぬまおきつぐ)が幕府の政治を仕切っている頃、越後長岡では、藩の圧政に困窮する町民たちの姿があった。明日も見えない暮らしの中、次々と倒れてゆく人々を観て彼らを救おうと立ち上がった一人の男がいた。
その男の名は「湧井藤四郎(わくいとうしろう)」。
後に町民や芸妓たちの間で「明和義人」と口承されてゆく男である。


明和5年(1768年)新潟市の町は、港町として長岡藩の一部でした。前年からの大飢饉により、長岡藩に納めなければらない1500両のうち半金の750両は納めたものの残りの半金が捻出できませんでした。 町民達は延分納をお願いしました。この頃はどこも凶作で、新潟港には船の出入りもほとんど無く、米をはじめ、生活物資は高騰し、町民の暮らしは大変苦しくなっていました。そこで更に御用金の延期を懇願しましたが、藩の財政も苦しかったため受け入れてはもらえませんでした。

このとき立ちあがったのが新潟の商人、湧井藤四郎です。あまりにも不条理な御用金に対し、延分納の嘆願書を提出しようと新潟町中の同じ意見、考えの商人たちに呼びかけました。 しかし、その動きを良しとしない新潟町奉行所の知るところとなり、藤四郎は投獄されました。藤四郎が投獄された事を知った1000人以上の町民たちは激しく反発し、早鐘を合図に蜂起、町役人宅や米を買い占めて町人を困らせていた商人の店などを次々と打ち壊しました。奉行所は鉄砲までも撃ってこの人々の動きを鎮めようとしましたが失敗に終わり、手に負えなくなった町奉行は、とうとう藤四郎を自由にしました。
釈放された藤四郎は、そのまま奉行所までも打ち壊そうとする町民たちを言葉で鎮め、人々を押し留め、この大規模な一揆はようやく納まりました。


騒動後、新潟町民は藤四郎を中心に町民による民衆自治を樹立しました。藤四郎は物価を引き下げ、米の買占めを禁止し夜番を置くなど、町会所に代わって町の秩序の回復に努めました。長岡藩は、町会所による町政運営を再開しますが、結局うまくいかず、町民の要求を受け入れ、新潟町の支配を藤四郎たちに任せざるをえない状況でした。新潟町は約2ヶ月間にわたり、町の人たちが自ら組織を作り、町民だけで町政の運営にあたるという例を見ないことを実現したのです。独立運営は続きましたが、長岡藩の策謀にあい町民自治は弾圧され、明和7年の8月25日、藤四郎は一切の責めを負わされ、腹心の須藤佐次兵衛(岩船屋佐次兵衛)と共に市中引き回しの上斬首されました。藤四郎の首は往来に晒されましたが、涌井藤四郎に恩のあった女性が役人の目を盗んで首を奪い、密かに葬ったと伝えられています。彼らを「明和義人」と呼び、争い事を収める神様として口之神社が建てられたのは死後174年後の事であります。


寛政9年(1797年)創業。
但馬屋平吉が古町芸妓のメッカ12番町にて「但馬屋の屋号」にて旅館業を営んだ。時に新潟義人の主人公湧井藤四郎が世界で初めて住民自治を行った明和5年(1768年)からその後29年後に古町芸妓のメッカの同界隈で旗揚げを行ったのです。
古町芸妓の間では親の代である先の明和義人の話は語り草となっており、現在に続いています。その背景には初代平吉の田島屋や、現在も人気の新潟御三家と言われる、高級老舗料亭の功績にほかならないそうです。古町芸妓の文化を受け継いだ古町にて、酒を提供する飲食業・酒販売業と、新潟の地元酒として酒に関する分野に手を広げ、6代目の平吉が明治30年(1897年)に現在の沼垂の地にて酒造業を始めました。この沼垂の地は最良の仕込水が湧き出るため、良き仲間であり良きライバルであった3つの酒蔵が横に並んでおりました。明和義人を醸す「今代司酒造」、「板垣酒造」、「大久保酒造」 。現在は今代司酒造ただ一つとなっております。現在9代となる蔵主山本吉太郎氏は、新潟地震の影響で良水が出なくなったため、自ら五泉市まで良質な湧水を汲みに行っています。また、全ての製造する酒において、醸造アルコールを一切添加しない造りは、新潟唯一であり、全国で約1500ある酒蔵の中でもわずか16蔵しかないうちの1蔵であります。初代の受け継いできた”平吉”の名は、現在でも今代司の酒冠キャップには「平」の文字を入れ、その歴史を酒のブランドとして残している。

新潟町の人々は、藤四郎たちを“町のために働いたのに理不尽に殺された人”と考え、ひそかにまつり、この事件を誇るべき歴史として後世に伝えました。これは、世界で初めて民衆自治を行ったとされる「パリ・コミューン」よりも100年も前の封建時代の話であり、町民自治を組織立って行った新潟町民を私たちは大変誇りに思います。そして、地方自治の分権が叫ばれ自立を求める今の時代、それに呼応するかのように、県民・市民の力で活気に満ち溢れる町をつくろうと取り組む人々を思うとき、そして我が蔵内においても頑なに酒造りに励む蔵人たちを見たとき、代々受け継いだ情熱的な魂と精神をを感じずにはいられませんでした。この純米大吟醸にもそんな歴史と情熱を感じ、燃える思いを浮かべながら皆様にご賞味いただけたら幸いでございます。
今代司酒造株式会社:蔵主 山本吉太郎



明和義人ラベル書:火坂雅志氏(2009年NHK大河ドラマ「天地人」原作者)
明和義人のお酒ラベルは作家、火坂雅志氏によるものです。

火坂雅志:作家
1956年、新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒。火坂雅志(ひさか・まさし)先生:天地人原作者
1988年『花月秘拳行』で作家デビュー。新史料をもとに描く旺盛な作家活動には定評があり、時代小説界に新風を巻き起こしてきた。戦国武将たちを陰で支えた“怪物”たちに光を当てた『全宗』、豪商今井宗久を描いた『覇商の門』、徳川家康の参謀・金地院崇伝を描いた『黒衣の宰相』など、数々

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明┃和┃義┃人┃と┃は┃
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時は明和、江戸では第十代将軍、徳川家治の側用人・田沼意次が幕府の政治を仕切っている頃、越後長岡では、藩の圧政に困窮する町民たちの姿があった。明日も見えない暮らしの中、次々と倒れてゆく人々を観て彼らを救おうと立ち上がった一人の男がいた。 その男の名は「湧井藤四郎」。 後に町民や芸妓たちの間で「明和義人」と口承されてゆく男である。

【明和義人を飲んでの利酒師のコメント】 純米の血筋を明和時代から継いだこの酒蔵では、明和時代、北前船が往来する土地柄、北海道・大阪と様々な物資が行き来をしていました。その土地に合う食材との組み合わせは美味しいのは当然と言えば当然ではありますが、他の土地の食材とも相乗効果が高いのは、酒米の越淡麗なら

芳醇な旨口酒

芳醇な旨口酒!大河ドラマ【天地人】原作者の直筆ラベル!

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